回 |
受賞者氏名
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プロフィール等 |
第28回
(2023年)
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永田紅
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昭和50年滋賀県生まれ
京都大学大学院農学研究科博士課程修了
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受賞作品 |
歌集『いま二センチ』(第5歌集)
◎発行所/砂子屋書房
◎発行年月日/令和5年3月1日
◇自選15首
- 水道を流しっぱなしの音ひびく研究室(ラボ)の夜更けは海につながる
- 逆光のエノコログサのくさはらに昔のしっぽがまぎれていそう
- 母の歌の前庭にわれら日を浴びてまだ本当のさびしさを知らず
- 上澄みを生きているのはつまらないアメンボ飛び出すときの脚力
- 一月も二月も川は無口にて鳥に背中を貸しているよう
- 親指と人差し指のあいだにて「いま二センチ」の空気を挟む
- 横向きに鏡に映す身籠りし女たれもが見つめし形
- 眩しさは古びぬように切なさに紛れぬように立葵咲く
- 病院を出でくれば秋人なかに親子三人となりて入りゆく
- 細切れの時間のなかにものを書く干し草あつめて丸めるように
- 日の暮れは子供も不安になるものかタソガレーナちゃんと呼びて抱き上ぐ
- こうやって私の迎えを待つだろう私は待たせてしまうのだろう
- そこに意味を与えすぎてはいけないと細部は細部のまま受け取りぬ
- オオバコの茎をからめて引き合えり子どもに太いほうを持たせて
- 草原にくさはらと打つルビのようにあなたの傍をやわらかくする
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受賞歴 |
平成9年「風の昼」で第8回歌壇賞受賞
平成13年歌集『日輪』で第45回現代歌人協会賞受賞
平成25年京都府文化賞奨励賞受賞
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作歌活動 |
短歌結社「塔」編集委員。
歌集:『日輪』『北部キャンパスの日々』『ぼんやりしているうちに』『春の顕微鏡』
エッセイ集:『家族の歌河野裕子の死を見つめて』(共著)
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第27回
(2022年)
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奥田亡羊
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昭和42年京都府生まれ
早稲田大学第一文学部卒業 |
受賞作品 |
歌集『花』(第3歌集)
◎発行所/砂子屋書房
◎発行年月日/令和3年12月10日
◇自選15首
- 鏡の奥にひと月ぶりの髭を剃る/空には竜の匂いがした
- 積まれゆく豚の背中に降る雨の/いのちの湯気は貨車ごとに立つ
- 暮るる世界に靴のみ白く歩みゆくわれらか/とうに腓(こむら)つかれて
- むらさきの月がのぼればひとりでに/羊の群がちぎれたりする
- 月光をもろ手ざわりに揉みしだく/菊ならば菊におい立つまで
- 鳥葬のような交わり重ねつつ/夜ごとに人の青空を見る
- アルバイトの経験をとえば俯きて/鹿の腑分けの熱さを語る
- 山からは山の匂いが流れきぬ/定時制高校の夜の運動会
- 弟の学費を払いおとうとの下級生となる/姉の篠田さん
- きょう会いしひとりは光、ひとりは風/ながき日暮れを揺れる穂すすき
- フラワーなビューティフルなり/青空の下であなたと抱き合っていた
- 形なき猫を抱けば/あたたかい袋のなかに骨が動いた
- 転生をなさざるものは洗われて月のあかるき砂浜にあり
- 滴れる花火にしばし総身を照らし出されて子のしずかなる
- 今日のために生きん今日あり/丈ひくき躑躅の奥に蟻みだる見ゆ
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受賞歴 |
平成17年『麦と砲弾』で第48回短歌研究新人賞受賞
平成20年歌集『亡羊』で第52回現代歌人協会賞受賞
平成30年歌集『男歌男』で第16回前川佐美雄賞受賞 |
作歌活動 |
短歌結社「心の花」会員。
歌集:『亡羊』『男歌男』
編著:『シリーズ牧水賞の歌人たち~佐佐木幸綱』 |
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第26回
(2021年)
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黒瀬珂瀾
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昭和52年大阪府生まれ
大阪大学大学院文学研究科修士課程修了 |
受賞作品 |
歌集『ひかりの針がうたふ』(第4歌集)
◎発行所/書肆侃侃房
◎発行年月日/令和3年2月1日
◇自選15首
- 光漏る方へ這ひゆくひとつぶの命を見つむ闇の端より
- 余したる離乳食わが白米にかけて済ませる朝餉のあはれ
- 父われの胸乳(むなぢ)をひたに捻りゐる娘よ黄砂ふる夜が来る
- 言葉を五つ児が覚えたるさみしさを沖の真闇へと流して帰る
- 線量を見むと瓦礫を崩すとき泥に染まりしキティ落ち来ぬ
- 生なべて死の前戯かも川底のへどろ剝がれて浮かびくる午後
- 熱の児が眠りゆきつつしがみつくわれはいかなる渡海の筏
- 冬田を削る男らの影とほく見てわが被曝けふ10μSv(マイクロシーベルト)
- 行き交へるバスどのバスも服青き男ひしめき1Fへゆく
- かもめ散る朝、歩みきて青年は誦せり無花果枯らす条(くだり)を
- けふひとひまた死なしめず寝かしつけ成人までは六千五百夜
- 妻と児を待つ交差点孕みえぬ男たること申し訳なし
- 早鞆(はやとも)の瀬戸に朝霧晴れゆけば昨夜の訃ひとつ潮に光るも
- 阿蘇の陽に首照らされて妻は立つ旅嚢を分かつひとのゐること
- 児は遠き弥生の野火を見つめをり外輪山を背にして抱けば
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受賞歴 |
平成10年中部短歌新人賞受賞
平成15年歌集『黒耀宮』で第11回ながらみ書房出版賞受賞
平成28年歌集『蓮喰ひ人の日記』で第14回前川佐美雄賞受賞
令和3年第38回とやま賞受賞 |
作歌活動 |
短歌結社「未来短歌会」会員。
同人誌[sai]同人。「鱧と水仙」同人。
歌誌「未来」選者。「読売歌壇」選者。
歌集:『黒耀宮』『空庭』『蓮喰ひ人の日記』
その他著書:『街角の歌』など |
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第25回
(2020年)
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谷岡亜紀
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昭和34年高知県生まれ
早稲田大学第一文学部中退 |
受賞作品 |
歌集『ひどいどしゃぶり』(第5歌集)
◎発行所/ながらみ書房
◎発行年月日/令和2年8月1日
◇自選15首
- 大平原に散らばる馬は空仰ぎスペースシャトルの打ち上げ見上ぐ
- 風渡る大地の隅に初めての目覚めのごとく今朝目覚めたり
- 苦しみと感謝が多分まだ足りない酔い覚め今朝も「ひどいどしゃぶり」
- 酒と薔薇の日々、だとしても泥水に喉まで浸かり雨を見ていき
- つんのめりガードレールに嘔吐して或る早朝に終わるのだろう
- 噴水が凍っていたなあなたにもおれにも等しく時は過ぎゆく
- 雨の中雨のバス待つたまゆらを心は過去の街角におり
- 記憶は老いず時のみがゆく簡潔な冬の木立ちに陽が当たりおり
- 宇宙より還りし猿は一夜にていたく老いたり灰色(グレイ)の瞳
- 陰鬱に黒き雨降る近未来より帰り来て歯を磨きおり
- 生きて遭う今日の辛苦としてわれは冬の便器に跪きたり
- 大鍋に豚の心臓が煮られいてここから日本までの五千キロ
- 午後の車窓に熱帯雨林が続きおりマラッカ海峡まであとわずか
- 手術後の疼痛の中まどろみて繰り返しみる墜落の夢
- リラの花ほころび河に光充ち君無き国にまた春は来る
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受賞歴 |
昭和62年『「ライトヴァース」の残した問題』で第5回現代短歌評論賞受賞
平成6年歌集『臨界』で第38回現代歌人協会賞受賞
平成19年歌集『闇市』で第5回前川佐美雄賞、第12回寺山修司短歌賞受賞
令和元年歌論『言葉の位相』で第17回日本歌人クラブ評論賞、第6回佐藤佐太郎短歌賞受賞 |
作歌活動 |
短歌結社「心の花」選者
歌集:『臨界』『アジア・バザール』『闇市』『風のファド』
評論集:『<劇>的短歌論』『佐佐木幸綱』ほか
エッセイ集:『歌の旅』など |
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第24回
(2019年)
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松村由利子
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昭和35年福岡県生まれ
西南学院大学文学部英文学科卒業 |
受賞作品 |
歌集『光のアラベスク』(第5歌集)
◎発行所/砂子屋書房
◎発行年月日/令和元年5月1日
◇自選15首
- てのひらに森を包めば幾千の鳥飛び立ちてわが頬を打つ
- まれまれに真すぐなる美も在るこの世モーツァルト弾く午後は明るし
- パンのみにて生くる悲しみくらぐらとパン屋の一ダースは十三個
- 甘やかに雨がわたしを濡らすとき森のどこかで鹿が目覚める
- 地球脱出したしと思う夕まぐれイワトビペンギンの冠羽輝く
- ダーウィンの深き畏れは『種の起源』著すまでの二十三年
- 一年の半分以上が夏の島「全国」という国は遠かり
- ジョバンニが活字を拾っていた時代本はみっしり重たかったよ
- 地に落ちたマンゴー子らと拾いおり誰かの余生みたいな夕べ
- やわらかな響きよろしきニホニウム勇み立つとき「ニッポン」現る
- 全粒粉のパンみしみしと嚙んでおりメルケルは理論物理を学びき
- 人類の偉業ほきほき折れやすくパスタで作る建築見本
- わたしは木あなたは鳥と思うとき抱くことのない鳥のたましい
- 草原に置かれた銀の匙ひとつ雨を待ちつつ全天映す
- ピアノ弾く無心に空は澄みわたり十指の記憶するアラベスク
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受賞歴 |
平成6年「白木蓮の卵」で第37回短歌研究新人賞受賞
平成17年歌集『鳥女』で第7回現代短歌新人賞受賞
平成21年『遠き鯨影』で第45回短歌研究賞受賞、『与謝野晶子』で第5回平塚らいてう賞受賞
平成22年『31文字のなかの科学』で科学ジャーナリスト賞受賞
平成23年歌集『大女伝説』で第7回葛原妙子賞受賞 |
作歌活動 |
短歌結社「かりん」会員
歌集:『薄荷色の朝に』『鳥女』『大女伝説』『耳ふたひら』
その他著書:『短歌を詠む科学者たち』など。 |
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黒岩剛仁
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昭和34年大阪府生まれ
早稲田大学第一文学部卒業 |
受賞作品 |
歌集『野球小僧』(第3歌集)
◎発行所/ながらみ書房
◎発行年月日/令和元年6月19日
◇自選15首
- 四○○km先の母からの電話に「何か用?」そこが被災地であるとも知らず
- 新局長赴任して来る前日はパソコン画面に顔を呼び出す
- 七歳の双子の甥との野球盤気づかれぬよう負けるのも技
- 昔ホームラン王たりし人面痩せて帽子の大きさ目立つベンチに
- 十月の十日は平日仕事あり体育の日たりし面影もなく
- イチローの苦しむ様もまたよきか命取らるることのなければ
- 生涯初のカーブを父に投げ込みし野球場には芝生なかりき
- 後任は一歳下の先輩社員微妙な敬語を互(かたみ)に使いて
- 見上ぐれば高速道路背後には我が社のビルが坩堝にいたり
- 朝起きの苦手な部長で我が付けたる<半休ブレーブス>の渾名懐かし
- スマホなき一週間の疎外感<いじめ>受けたる中学生に似て
- 家系図の終点として吾はおり今年も咲けるソメイヨシノは
- 生ビール焼酎ロックを二杯ずつさらに日本酒は鯨飲なるや
- 悔いるべきはただ一つのみ子なきこと酒酌み交わす息子ありせば
- わが人生の昭和と平成比べつつ昭和の重さいかんともし難き
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作歌活動 |
短歌結社「心の花」会員
歌集:『天機』『トリアージ』 |
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第23回
(2018年)
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穂村弘
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昭和37年北海道生まれ
上智大学文学部英文学科卒業 |
受賞作品 |
歌集『水中翼船炎上中』(第4歌集)
◎発行所/講談社
◎発行年月日/平成30年5月21日
◇自選15首
- 猫はなぜ巣をつくらないこんなにも凍りついてる道をとことこ
- それぞれの夜の終わりにセロファンを肛門に貼る少年少女
- 天皇は死んでゆきたりさいごまで贔屓の力士をあかすことなく
- 超長期天気予報によれば我が一億年後の誕生日曇り
- 髪の毛をととのえながら歩きだす朱肉のような地面の上を
- ゆめのなかの母は若くてわたくしは炬燵のなかの火星探検
- あ、一瞬、誰かわかりませんでした天国で髪型を変えたのか
- 吐いている父の背中を妻の手がさすりつづける月光の岸
- 鬼太郎の目玉おやじが真夜中にさまよっているピアノの上を
- 真夜中に朱肉さがしておとうさんおかあさんおとうさんおかあさん
- さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら牛が粉ミルクになってゆく
- 君と僕のあいだを行なったり来たりしてガリガリ君は夏の友だち
- ぬいぐるみたちがなんだか変だよと囁いている引っ越しの夜
- あいしあうゆめをみました水中でリボンのようなウミヘビに遇う
- 海に投げられた指環を呑み込んだイソギンチャクが愛を覚える
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受賞歴 |
平成20年『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞受賞
「楽しい一日」で第44回短歌研究賞受賞
平成25年『あかにんじゃ』で第4回ようちえん絵本大賞特別賞受賞
平成29年『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞受賞 |
作歌活動 |
歌誌:「かばん」会員。日経歌壇選者
歌集:『シンジケート』『ドライドライアイス』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』
その他著書:『短歌の友人』など |
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第22回
(2017年)
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三枝浩樹
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昭和21年山梨県生まれ
法政大学文学部英文学科卒 |
受賞作品 |
歌集『時禱集』
◎発行所/角川文化振興財団
◎発行年月日/平成29年2月22日
◇自選15首
- きみなくてレリークヴィエを聴きいたり外(と)の面(も)は雨のしののめらしい
- 野に熟れたるトマトの甘さひとふりの塩きらめきて色の濡れたり
- イフェマールとはつかのまのいのちにてそのつかのまをわれらは生くる
- うつせみのひかり集めてたまかぎる夕べの色とわれはなりゆく
- 野の道に西日憩(やす)みてワレモコウいろあざやかに立ちいたりけり
- ひとりにひとつの死、ふたつなき死を負えば歔欷(きよき)しずかなる雪に降る雨
- うつしよに母のいまさぬ四季めぐり今朝甲斐が嶺に雪しろく積む
- おのずから胸に浮かびてとどまればしばし秘密のごとく母恋う
- 亡き者と在る者・非在と存在の近しさあわれ秋の日の中
- 或る痛ましい過去をもつ少年に
- きみの中の花瓶は修復できるからなずなすずしろを摘みにいこうか
- 谷間ながるるひと幅の水秋ふかきひかりはこんなところにも居る
- ときどきのかりそめをおのが姿とし水ながれたりひかりとなりて
- 広やかなあおぞらゆるすということを否、ゆるされていること知らず八月六日の朝に
- 福島にむきあう広島ヒロシマとフクシマ雨の八時十五分
- ゴドーを待ちながら人生がすぎてゆくかたえの人もようやく老いぬ
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受賞歴 |
平成28年「二〇一五年夏物語」31首で第52回短歌研究賞受賞 |
作歌活動 |
短歌結社「沃野」代表。
歌集:『朝の歌』『銀の驟雨』『世界に献ずる二百の祈禱』『みどりの揺籃』『歩行者』
その他著書:『八木重吉たましひのスケッチ』など |
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第21回
(2016年)
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吉川宏志
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昭和44年宮崎県生まれ
京都大学文学部国文学科卒業 |
受賞作品 |
歌集『鳥の見しもの』
◎発行所/本阿弥書店
◎発行年月日/平成28年8月1日
◇自選15首
- うちがわを向きて燃えいる火とおもうろうそくの火は闇に立ちおり
- 磔刑の縦長の絵を覆いたるガラスに顔はしろく映りぬ
- 胡坐から体育座りに変えながら「廃炉」の文字を持ちつづけおり
- 石段の深きところは濡らさずに雨は過ぎたり夕山の雨
- 白菊の咲く路地をゆく傘ふたつ高低変えてすれちがいたり
- ときどきは白き狐の貌をするむすめが千円くださいと言う
- 窓のした緑に輝るを拾いたりうちがわだけが死ぬコガネムシ
- 鳥の見しものは見えねばただ青き海のひかりを胸に入れたり
- ビニールに包まれ白き櫛があり使わずに去る朝のホテルを
- 吉野山の深さは花の深さにてあゆめどもあゆめども襞(ひだ)の中なり
- 花びらは土に還りて黒ぐろと千年前の花を踏みたり
- 立ちながら殺されてゆく樹がありぬ或る条文のようにしずかに
- 耳、鼻に綿詰められて戦死者は帰りくるべしアメリカの綿花
- はじめから沖縄は沖縄のものなるを順(したが)わせ従わせ殉(したが)わせ来ぬ
- 小児甲状腺癌百人を超ゆという数のみを言えりその百の咽喉(のど)
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受賞歴 |
平成6年「妊娠・出産をめぐる人間関係の変容ー男性歌人を中心に」で第12回現代短歌評論賞受賞
平成8年『青蟬』で第40回現代歌人協会賞受賞
平成13年『夜光』で第9回ながらみ現代短歌賞受賞
平成17年「死と塩」30首で第41回短歌研究賞受賞
平成18年『海雨』で第11回寺山修司短歌賞受賞及び第7回山本健吉文学賞受賞
平成25年『燕麦』で第11回前川佐美雄賞受賞
平成28年『鳥の見しもの』で第21回若山牧水賞受賞
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作歌活動 |
昭和62年、短歌結社「塔短歌会」入会、平成27年より主宰。
京都新聞歌壇選者。
歌集:『青蟬』『夜光』『海雨』『曳舟』『西行の肺』『燕麦』
その他著書:『風景と実感』『読みと他者』など。 |
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第20回
(2015年)
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内藤明
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昭和29年東京都生まれ
早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程退学 |
受賞作品 |
歌集『虚空の橋』
◎発行所/短歌研究社
◎発行年月日/平成27年7月21日
◇自選15首
- 尖りたる氷を指で沈めをりオモテニデロといふ奴もなく
- 留学生李(イ)さん李(リー)君李(イー)先生海をめぐりてことばを交はす
- そのこゑの身のうち深く遺れるを鎮めてひとり蕎麦を啜れり
- 木の椅子となりて芝生にひねもすを黙(もだ)してあらば楽しかるべし
- 人類の地に在る時間短かきを今年のもみぢの遅きを言へり
- クロゼットの奥に縛られ二十年人の姿を映さぬ鏡
- 亡き人のSuicaで買ひしコンビニのおでんの卵を分けあひて食ふ
- 右腕がよぢれて内にもぐりたる黒きコートが吊されてあり
- てのひらに判読不明の文字浮かぶむすんで開けば橡(とち)の実ひとつ
- 日に幾度わが溜息を聞きてゐむ妻は猫語でおやすみをいふ
- わたつみの鷗を見むと東京の地底遙かに運ばれてゆく
- バスタブに遊ばす左右(さう)の膝小僧しんじつ生きてきたのだらうか
一九四五年三月、叔父健児、宮崎県都城(みやこのじやう)にて戦死。二十三歳。
- 銃弾を浴びたる兵は讃美歌を口ずさみつつ水欲りしとふ
- 父たちの戦後をときに蔑(なみ)し来て何も持たざるわれらとなりぬ
- 裸足にて海界(うなさか)越ゆる橋あらば日の暮れ方を渡りゆかむを
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受賞歴 |
平成16年『斧と勾玉』で第54回芸術選奨文部科学大臣新人賞及び
第9回寺山修司短歌賞受賞
平成26年作品「ブリッジ」30首で第50回短歌研究賞受賞
平成27年『虚空の橋』で第2回佐藤佐太郎短歌賞及び第20回
若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
昭和50年「まひる野」入会、昭和57年「音」創刊に参加。
宮中「歌会始の儀」選者。
歌集:『壺中の空』『海界の雲』『斧と勾玉』『夾竹桃と葱坊主』
その他著書:『うたの生成・歌のゆくえ』など。 |
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第19回
(2014年)
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大松達知
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昭和45年東京都生まれ
上智大学外国語学部英語学科卒業 |
受賞作品 |
歌集『ゆりかごのうた』第4歌集
◎発行所/六花書林
◎発行年月日/平成26年5月16日
◇自選15首
- 海の上にも電波の淡き濃きありて濃きところにて妻とつながる
- 英語ゆゑにしやべつてしまふくさぐさの、吃音(スタター)ありし十代のこと
- [、]中鳥とまちがへたときそのままでいいですと言つた中島が怖い
- 卒業ののちに知りたり伊井君の伊のなかにある尹(ユン)の意味など
- 左手には飲(おん)、右手には食(じき)ありて拍手は顔の筋肉でする
- [英語の授業。]過去形を使つた文を作らせて母の亡きこといまさらに知る
- 支援物資のなかに棺のあることを読みてたちまち一駅過ぎつ
- [東京都文京区]豆腐屋が絹一丁にかぶせたる薄紙(うすがみ)おもふふるさと白山
- 心音を聞けば聞くほどあやふげな、いのちとならんものよ、いのちとなれ
- いつか思ひ出すのだらうかおまへを抱いて玄関にずつとずつと立つてゐた夜
- さんざんにざんざん泣いてゐたりしにはたりと寝たるのちのさみしさ
- 寝かしつけてふすまを閉めるおまへひとり小舟に乗せて流せるごとく
- おまへを揺らしながらおまへの歌を作るおまへにひとりだけの男親
- 焙じ茶の缶をひたすら振る子かなそこに花野が見えるらしくて
- 立つた日があつて歩いた日があつて父は夏雲のやうにありたし
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作歌活動 |
平成2年歌誌「コスモス」入会。桐の花賞、コスモス賞、評論賞を受賞。
現在、選者・編集委員。
平成3年「棧橋」参加。現代歌人協会会員。
歌集:『フリカティブ』『スクールナイト』『アスタリスク』 |
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第18回
(2013年)
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晋樹隆彦
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昭和19年千葉県生まれ
法政大学文学部日本文学科卒業 |
受賞作品 |
歌集『浸蝕』(しんしょく)第4歌集
※歌集名の「蝕」は、正しくは「館」の食偏に「虫」。
◎発行所/本阿弥書店
◎発行年月日/平成25年8月29日
◇自選15首
- 佐原を過ぎ香取を過ぎて吹くかぜは大利根川の秋のはこびや
- 六十数キロの長浜をおもい浸蝕をおもい蓮沼(はすぬま)を過ぎ茫茫たりし
- 稜線のみはるかすまで秋雲の冷気するどくたなびきており
- どの誌面も口語のうたのはびこりぬこれも浸蝕のことばの時代
- 「飲みながら癒していきましょう」医師のことば天の韻(ひび)きのごとく聞ゆる
- A音のひびきもよけむ瀧嵐ウグイを肴の夜々のしのばる
- 北条早雲の像と白木蓮の佇つ先ぞ高長寺には透谷ねむる
- 宮川の支流が街をゆっくりと流れて人は歩みを止める
- ふるさとの砂丘が今や浸蝕に消えゆくころぞ活版活字も
- 犬吠埼へ行なってみようか君ヶ浜を散歩しようか菜のはな咲けば
- ながらみもなめろうもある白里の小さき店に秋はふかまる
- 当たり馬券ポッケにいれて呑む酒の人生はさあり極楽ごくじょう
- 白里(しらさと)と呼ばるるごとし白砂に浜防風の皓きはな咲く
- 駅名のすがしき小田急線なるぞ開成栢山富水螢田(かいせいかやまとみずほたるだ)
- 若き日にこころやさしき無頼派と呼ばれしことも昨日のごとし
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作歌活動 |
昭和37年「心の花」入会
現在「心の花」選歌委員
現代歌人協会会員
歌集:『感傷賦』『天心に帆』『秘鑰』
エッセイ集:『歌人片影』 |
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第17回
(2012年)
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大口玲子
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昭和44年東京都生まれ
早稲田大学第一文学部卒業 |
受賞作品 |
歌集『トリサンナイタ』第4歌集
◎発行所/角川書店
◎発行年月日/平成24年6月29日
◇自選15首
- 悲しみのわが取り分に手を伸ばし子の取り分は残さむとせり
- 大粒のほたるの雨、涙のごとし産まざれば見えぬサマリアの虹
- 握り開きみずからの手にうつとりと見入るわが子に近寄りがたし
- 「サモア島の歌」二番まで子に歌ひ夫は寝かしつけに失敗す
- 紙袋に乳児捨てられし記事を読みその重さありありと抱きなほす
- ガザに死ぬ子のニュース聞き聞きたれど夕べ聞こえぬふりで葱切る
- あかねさす日向(ひうが)を発ちてみはるかす夕雲の上で授乳せりけり
- 指さして「みづ」と言ふ子に「かは」といふ言葉教へてさびしくなりぬ
- 幼子へ月にうさぎがゐることをまたゐないことをいかに話さむ
- 子の好きな屈折放水塔車けふ絵本を飛び出し福島へゆく
- 許可車両のみの高速道路からわれが捨ててゆく東北を見つ
- 晩春の自主避難、疎開、移動、移住、言ひ換へながら真旅になりぬ
- いたましきもののごとくに夫は言へどかはゆし息子の宮崎なまり
- マグダラのマリア絵本の中にゐてつね俯くを子の指が撫づ
- 雪降らばかなふ願ひと思ふとき大風呂敷を広げよ夫よ
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受賞歴 |
平成10年作品「ナショナリズムの夕立」50首で第44回角川短歌賞
平成11年歌集『海量(ハイリャン)』で第43回現代歌人協会賞
平成15年歌集『東北』で第1回前川佐美雄賞
平成18年歌集『ひたかみ』で第2回葛原妙子賞 |
作歌活動 |
平成3年「心の花」入会
歌集:
『海量』『東北』『ひたかみ』 |
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第16回
(2011年)
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大下一真
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昭和23年静岡県生まれ
駒澤大学仏教学部卒業 |
受賞作品 |
歌集『月食』第5歌集
◎発行所/砂子屋書房
◎発行年月日/平成23年7月2日
◇自選15首
- 鵯(ひよ)の声聞かぬと見上ぐる空高しさえぎるものなく寒さは降るか
- 除夜の鐘撞き終え音立て蕎麦すする僧形この身も寒さは寒し
- 天窓に白き光を運ばすはどなたぞ人の世は朝となる
- かそかなる音の軋みて霧動く夏の暁闇明けんとしつつ
- 水色の羅の袈裟まとえばおのずから風立つ心に晩の経誦す
- 庭を掃く姿たまたま写されてつまらなそうなるこれがわが貌
- 月明を浴びつつ石段帰り来る猫の前世はこの山の僧
- たらちねの母の胸処にわが手もて戒脈入れて納棺申す
- 新聞はここ二日ほど読まざりき母の通夜終え月食に遇う
- 僧なれば幾万の経誦し来たれ今声合わすは母の葬儀ぞ
- つくほうしつくつくほうしつくつくほ寂しいぞ母のあらぬというは
- 梅の花ほほほと開き桃の花ぽぽぽと笑い人は戦う
- 卒塔婆の百本ばかり書き終えて墨の香まとい清僧にあり
- 樹下の闇さくらおんなの舞を見し記憶たしかに今朝二日酔い
- 天に登る蔓も梯子も見えざれば地上の日暮れ酒飲み始む
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受賞歴 |
平成17年歌集『足下』で第32回日本歌人クラブ賞
平成21年歌集『即今』で第14回寺山修司短歌賞 |
作歌活動 |
昭和39年「まひる野」入会
昭和57年「まひる野」編集委員
歌集:『存在』『掃葉』『足下』『即今』
評論集:『山崎方代のうた』 |
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第15回
(2010年)
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島田修三
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昭和25年神奈川県生まれ
早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程後期中退 |
受賞作品 |
歌集『蓬歳断想録(ほうさいだんさうろく)』第6歌集
◎発行所/短歌研究社
◎発行年月日/平成22年7月30日
◇自選15首
- 「てっきり秋も深まりました」と起こされて粗忽の書簡に秋さやかなり
- 俺の意図をあらかた誤解し臆すなき義の青年に励まされたる
- ゆふぐれを煙草くゆらせ放心にただよふ誰も来るなよ祟(たた)るぞ
- 夜のほどろ俺はめざめて冬の水の濛(くら)きにのみどを潤すかなや
- おいそこの学部長、寝てんぢやねえよとわが言はざれば静かなり会議
- きれぎれに雲ながれゆく朝空の下をさびしも屋根ある生活(たつき)は
- 豆腐売りを鍋もて追ひし日の暮れも遠くいづくか下駄の音聞こゆ
- 八月をソルジェニツィン逝き母が逝き有名無名に死はゆるぎなし
- 午後の陽にほどけるごとく黒猫の臥してをりしがしみじみ欠伸す
- フェアリィを肥満壮婦にはぐくみて風の春秋饒(ゆた)かに過ぎぬ
- 銭湯の入浴料金審議会といふものありて縹渺たり世は
- まんまろく音聞山(おとききやま)に浮く月のひかりをぞ浴び牛喰ひにゆく
- 重たければ突つ伏す机上に冬の陽(ひ)のあまねくこぼれ人生の午後
- 濃く淡くこころごころに闇を抱(いだ)く学生百の名を呼ぶかなや
- 詩に痩するといふこともなき歳晩の今宵を煮えて濃きブリ大根
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受賞歴 |
平成14年歌集『シジフオスの朝』で第7回寺山修司短歌賞
平成20年歌集『東洋の秋』で第6回前川佐美雄賞
平成21年歌集『東洋の秋』で第9回山本健吉文学賞 |
作歌活動 |
昭和50年「まひる野」入会
歌集:『晴朗悲歌集(せいろうひかしゅう)』『離騒放吟集(りそうほうぎんしゅう)』『東海憑曲集(とうかいひょうきょくしゅう)』『シジフオスの朝』『東洋の秋』
評論集:『古代和歌生成史論』『「おんな歌」論序説』 |
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第15回
(2010年)
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川野里子
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昭和34年大分県生まれ
千葉大学大学院文学研究科修士課程修了 |
受賞作品 |
歌集『王者の道(おうじゃのみち)』第4歌集
◎発行所/角川書店
◎発行年月日/平成22年8月26日
◇自選15首
- 夫がつらなる時間は絹糸の艶もてりきみがふるさとにぴんと張る糸
- さびしいか右足出してさびしいか左足出して蟇は歩めり
- 曽我さん一家いくたびも並べ飽きぬ国、闇となす国どちらも怖し
- 背中にひとり湿布貼るすべ湿布ひろげ狙ひさだめて寝ころぶと言ふ
- ここで死にたいここでと言ふ母の不思議な力家にくひ込む
- ひとり、一枚。天涯孤独の軽さもてふと羽衣を着るまでの生
- 母は熊襲、父は蝦夷の裔なれば剛毛のこの息子(こ)生き難くゐる
- 母を辞めし母に追ひつくものなくて椎の実樫の実ぴかぴか跳びぬ
- すみません水くださいと母言へりこの世のどこかの誰かに向けて
- 産み捨てて蝶が去るとき万緑はすこし窪みぬ蝶の重みに
- 巨峰つくりし日本の巨峰のごとき自負大きく甘くみつしりと病む
- サンチャゴの鐘は遠き日耶蘇の鐘納戸のやうな豊後に響(な)りぬ
- さくらさくらふはりと降りてあんぱんの臍の窪みを湿らせ咲けり
- 食べこぼす母を見てゐるわれはふとメジロとなりて花食みこぼす
- 桜散り桜が覆ふ母の家美しくなる棺のやうに
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受賞歴 |
平成15年歌集『太陽の壺』で第13回河野愛子賞
平成22年『幻想の重量葛原妙子の戦後短歌』で第6回葛原妙子賞 |
作歌活動 |
昭和59年「かりん」入会
NHK短歌選者(平成19年、20年)
歌集:『五月の王』『青鯨(せいげい)の日』『太陽の壺』
評論集:『未知の言葉であるために』『幻想の重量葛原妙子の戦後短歌』 |
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第14回
(2009年)
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大島史洋
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昭和19年岐阜県生まれ
早稲田大学大学院国語学専攻修了 |
受賞作品 |
歌集『センサーの影(かげ)』第10歌集
◎発行所/ながらみ書房
◎発行年月日/平成21年4月10日
◇自選15首
- 思うらく骨の髄まで戦後なる時代を生きて今の不愉快
- 年齢とともに褪せゆく執着を楽しむごとくかき立てるごとく
- エスカレーター左右にあれば真ん中の広き石段つまらなそうなり
- 怒りには力がいると切実に思いいしころ冷酷なりし
- 花の名を思い出せない母と立つ生ゴミ捨てし穴のかたえに
- ふるさとの歌会を終えて撮られいる吾を見ており遠くで父が
- 嘘くさいとみずから思いしゃべりおり言葉と顔に力をこめて
- わが部屋の書棚に夕陽差し入りて仏頭や梟みな笑い出す
- 自転車は積み重ねられ冬の陽の深く差し入るスポークの錆
- いつまでも寝ぬ子をあやしている息子ちゃんちゃらおかしい夜のひととき
- 絶対に許さないとはどのような崖っぷちに人を立たせたのだろう
- センサーに明かり点れば言いようのなき虚しさに影は伸びおり
- 妻の母看取りの日々の或る夜をわが家に来たり早く寝ぬるも
- 土日なく謝罪をつづけし晩年の役職を聞く友の訃報に
- 意味のない歌を好むはさもあらむそういう時代に生を受けたる
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受賞歴 |
平成15年歌集『燠火(おきび)』で第3回山本健吉文学賞
平成18年『賞味期限』33首で第42回短歌研究賞
平成19年歌集『封印』で第34回日本歌人クラブ賞
平成21年歌集「センサーの影(かげ)」により第14回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
昭和35年「未来」入会
歌誌「未来」編集委員・選者
歌集:『藍を走るべし』『わが心の帆』『炎樹(えんじゅ)』『時の雫』、『いらかの世界』『四隣(しりん)』『幽明』『燠火(おきび)』『封印』
評論集:『定型の視野』『定型の力』『定型の方法論』『歌の基盤』『言葉の遊歩道』 |
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第13回
(2008年)
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日高堯子
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昭和20年千葉県生まれ
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業 |
受賞作品 |
歌集『睡蓮記(すいれんき)』
◎発行所/短歌研究社
◎発行年月日/平成20年5月12日
◇自選15首
- 奇妙なり新月のやうにしづもりてくる身体ありカルデラの底
- かたはらに乾いた舌を垂らしたる犬のやうなる風巻きあがる
- そして脳はほの白い宵の花となりカルデラの上の月に酔ひにき
- あしびきの山に骨なし「骨のないものは崩る」と母はかなしむ
- 空をとぶ乳房もあれよはるばると雲がにほへば母ぞこひしく
- 黒フリルうつくしき秋の牡蠣を食むいのちの反りのよみがへる午後
- 母がため午後は湯をときまぜてあたたかさうなあの世をつくる
- 延命治療せずときめたるその午後の一万年の海のきらめき
- はつなつの雲を映せるバスタブに母を洗へばほととぎす鳴く
- 水瓶のふちにとまれる黒揚羽どんなゆめから羽化してきたか
- ふくふくと桃がならびぬをとめからおうなまでたつた百年の夢
- 時間ふと薄わらひすることありてわれは川底の小石をひろふ
- 敗戦日空また晴れて日晒しの青姦(あをかん)のやうな日本も見ゆ
- 恋力(こひぢから)いきのこりゐて黒南風のちかづくなかをの花ちる
- 光の画家モネのつかはざりし黒黒とはあるいはことばかもしれぬ
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受賞歴 |
平成16年歌集『樹雨(きさめ)』で第31回日本歌人クラブ賞及び第14回河野愛子賞
平成19年『芙蓉と葛と』30首で第43回短歌研究賞
平成20年歌集『睡蓮記』により第13回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
昭和54年「かりん」入会
歌集:『野の扉』『牡鹿の角の』『袰月もゆら』『玉虫草子』『樹雨』
評論集:『山上のコスモロジー・前登志夫編』『黒髪考、そして女歌のために』 |
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第12回
(2007年)
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香川ヒサ
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昭和22年神奈川県生まれ
お茶の水女子大学文教学部国文科卒業 |
受賞作品 |
歌集『perspective(パースペクティヴ)』
◎発行所/柊書房
◎発行年月日/平成19年9月15日
◇自選15首
- 堤防の海に突き出た先端に灯台が在りただそれとして
- 太陽の黒点大きくなつてゐる私が視線はづした先で
- 明け方の空にひとすぢ暗紅色日は人のため上るにあらず
- 北海に油田発見なかつたらなかつたビル群北海に向く
- ダブリンにジェイムス・ジョイス像立てりジョイスの帰らなかつた街に
- 世界言語交換し合ふ人類の白き歯見ゆるエアターミナル
- 刺すやうな光いきなり射るやうな光となりて河口に出でつ
- この谷の彼方に見ゆる雲と空全部ナショナルトラストのもの
- 西空の雲間ゆ差せる入りつ日に照らし出されるものの西側
- この街の夕日は海に沈むから取り残されてこの街がある
- 万人は神に愛され移民らは決して同化することはない
- 死者の名を刻み墓石は無防備に曝してをりぬ情報社会に
- この街の今日のできごといくつもの水溜まりとなり空を映すも
- できごとを満載したる朝刊はきつちりたためばきれいに片付く
- カーテンを開ければ朝の空が見え私はここに今来たばかり
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受賞歴 |
昭和63年歌集『ジュラルミンの都市樹』50首で第34回角川短歌賞
平成5年歌集『マテシス』で第3回河野愛子賞
平成19年歌集『perspective(パースペクティヴ)』により第12回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
昭和45年「白路」入会
昭和59年「好日」入会
平成5年同人誌「鱧と水仙」発刊
歌集:『テクネー』、『マテシス』、『ファブリカ』、『パン』、『モウド』
評論集:『アナリシスーI』
その他:『香川ヒサ作品集』 |
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第11回
(2006年)
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坂井修一
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昭和33年愛媛県生まれ
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士 |
受賞作品 |
歌集『アメリカ』
◎発行所/角川書店
◎発行年月日/平成18年9月10日
◇自選15首
- はくれんの散りのさびしさ語らひしむかしの花ぞひたぶるに散る
- 神いくつ和せずながらふアメリカよわれはうやまふ悲しみながら
- 日本人なべてあうむにみゆる目かアラブの人をわれがみる目は
- 嘘かまことかわれも知らねど声にいふああもう一度日本捨てたし
- かははぎは顔ぺつたんこ釣れないとわが子うごかずつぶやくばかり
- 「シゴトくれ」イスラムびとの叫びあり日本語はかくするどきものか
- ものいはず見開くのみのイラクの子わが子は見開くことのなかりし
- まひとべる渚のリボンひとり見きあそこにはある時間の悲鳴
- 大夕焼ばらんばらんと泣くからに奇人変人ほろぼしてはならず
- コンピュータ猿のおもちやになりはてし悪夢ありわれはなかなか覚めぬ
- 踏みすぎて忘るるひとの迅速をもみぢ葉はながくおもひゐるべし
- 褄紅蝶その北限を押しあぐる神のごとしや見えざるちから
- ワルワーラ・スタヴローギナわが母よささやきやまず閻浮の蛇は
- インターネットの世にのこされて不思議あり「虱をははせると北へ向く」
- 神あらぬ鬼あらぬ世をながれきてさくらはしづむ不忍池
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受賞歴 |
昭和62年『ラビュリントスの日々』により第31回現代歌人協会賞受賞
平成12年『ジャックの種子』により第5回寺山修司短歌賞受賞
平成18年歌集『アメリカ』により第11回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
昭和53年「かりん」入会。
歌集:『ラビュリントスの日々』、『群青層』、『スピリチュアル』、『ジャックの種子』、『牧神』
評論集:『鑑賞・現代短歌7塚本邦雄』 |
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俵万智
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昭和37年大阪府生まれ
早稲田大学第一文学部日本文学科卒業 |
受賞作品 |
歌集『プーさんの鼻』
◎発行所/文藝春秋
◎発行年月日/平成17年11月3日
◇自選15首
- 腹を蹴られなぜかわいいと思うのかよっこらしょっと水をやる朝
- バンザイの姿勢で眠りいる吾子よそうだバンザイ生まれてバンザイ
- 年末の銀座を行けばもとはみな赤ちゃんだった人たちの群れ
- 生きるとは手をのばすこと幼子(おさなご)の指がプーさんの鼻をつかめり
- 記憶には残らぬ今日を生きている子にふくませる一匙の粥
- 我が腕に溺れるようにもがきおり寝かすとは子を沈めることか
- みかん一つに言葉こんなにあふれおりかわ・たね・あまい・しる・いいにおい
- 永遠に子は陸つづきあかねさす半島としておまえを抱く
- 着ぶくれて石拾う子よ人類は月まで行なって拾ってきたよ
- 揺れながら前へ進まず子育てはおまえがくれた木馬の時間
- 初対面の新聞記者に聞かれおりあなたは父性をおぎなえるかと
- 他人から見える幸せ一身にまといて光る電飾の家
- アボカドの固さをそっと確かめるように抱きしめられるキッチン
- 辛い顔すっぱい顔が見たかったトム・ヤム・クンのクンはエビだよ
- 「はる」という敬語つかえぬ国に来て我が日本語のしましま模様
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受賞歴 |
昭和61年『八月の朝』により第32回角川短歌賞受賞
昭和63年『サラダ記念日』により第32回現代歌人協会賞受賞
平成16年『愛する源氏物語』により第14回紫式部文学賞受賞
平成18年歌集『プーさんの鼻』により第11回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
昭和58年「心の花」入会。
歌集:『サラダ記念日』、『かぜのてのひら』、『チョコレート革命』
小説:『トリアングル』
評論:『愛する源氏物語』
エッセイ集:『あなたと読む恋の歌百首』ほか |
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第10回
(2005年)
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水原紫苑
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昭和34年神奈川県生まれ
早稲田大学大学院仏文学専攻修士課程修 |
受賞作品 |
歌集『あかるたへ』
◎発行所/河出書房新社
◎発行年月日/平成16年11月30日
◇自選15首
- 流れゆくわたくし浅き川なるに中之島もてり子らは遊べよ
- 〈戦争の木と契りつつあまたなる男(をのこ)と寝たり養はむため〉
- 花の奥にさらに花在りわたくしの奥にわれ無く白犬棲むを
- さくらさくら桜わだつみ漕ぎいでて西行く人にふよしもがな
- しじふから、すずめ、ちひさき鳥たちのいづれも空のかぎをもてりや
- 国家幻想破れむ日より一管のまさしき笛とならむ短歌か
- 傘立てにあまたの傘の立てりける互(かた)みに犯さぬ荒魂もちて
- 革命者孔子を抱(いだ)かば楽音にさときその耳つめたかるらむ
- 人麻呂の行方は告げず寄せ返す波こそ青きいにしへを知れ
- 松風のこころはたれも知るものをうつそみゆゑに言ひあへぬかも
- 色淡き北の朝(あさ)日(ひ)子(こ)ゆらゆらに昇り来たりて鳥まつはらす
- シアトルのイチローの秋如何ならむ箴言のごときそのうつしみよ
- 戦争の放棄は神のもちえざる思想なるべし人のするどさ
- みごもりは老若男女を問はざらむおのがたましひ人はみごもる
- みいのちの際(きは)に想ほす色ふかみわがスカーフの紫を言ひます
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受賞歴 |
平成2年歌集『びあんか』により第34回現代歌人協会賞受賞
平成11年歌集『客人(まらうど)』により第1回駿河梅花文学賞受賞
平成12年歌集『くわんおん(観音)』により第10回河野愛子賞受賞
平成17年歌集『あかるたへ』により第5回山本健吉文学賞受賞
平成17年歌集『あかるたへ』により第10回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
昭和61年「短歌」入会
平成16年師の春日井建の逝去により「短歌」退会
歌集:『うたうら』、『いろせ』、『世阿弥の墓』
エッセイ集:『星の肉体』、『空ぞ忘れぬ』、『うたものがたり』、『京都うたものがたり』ほか |
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第9回
(2004年)
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米川千嘉子
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昭和34年千葉県生まれ
早稲田大学第一文学部卒業 |
受賞作品 |
歌集『滝と流星』
◎発行所/短歌研究社
◎発行年月日/平成16年8月10日
◇自選15首
- 鳩のやうな新人銀行員の来て青葉の新興住宅地に迷ふ
- 息子の白いお尻ももうすぐ見なくなる洋服をきた母と子になる
- 神は滝であるといふしづけさははるかな日あまた苦しむ人を救へり
- 午前二時流星だよと起こしにゆく息子の部屋まぼろしの乳のにほひ
- 空爆の映像果ててひつそりと<戦争鑑賞人>は立ちたり
- 空爆のたびに身体に穴のあく病アメリカに日本に無きや
- 煙のやうなれどわたしの支配欲ひかる言葉はゆつくり夫へ
- われの匂ひのセーター脱ぐと目をつむりだれにも言はぬ反省をする
- お軽、小春、お初、お半と呼んでみるちひさいちひさい顔の白梅
- 似るな似るなといひて育ててきた息子冷蔵庫にてあたまを冷やす
- あをいあをい宇曾利山湖に後ずさり消えゆくやうな夫と子を撮る
- 夢二美術館出づれば雪のふりだして管のやうなるをんなにも雪
- 白鳥のしろの深さは無力なるものの深さと見てゐる今年
- ぼたん雪夭折の子のクローンが生まれたらなほ悲しからむよ
- 何も答へず思ひたければ思へといふ古墳のやうな人と散歩す
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受賞歴 |
昭和60年『夏樫の素描』50首により第31回角川短歌賞受賞
平成元年歌集『夏空の櫂』により第33回現代歌人協会賞受賞
平成6年歌集『一夏』により第4回河野愛子賞受賞
平成16年歌集『滝と流星』により第9回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
昭和54年「かりん」入会
歌集:『夏空の櫂』『一夏』『たましひに着る服なくて』『一葉の井戸』
歌書:『四季のことば100話』等 |
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第8回
(2003年)
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栗木京子
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昭和29年愛知県生まれ
京都大学理学部卒業 |
受賞作品 |
歌集『夏のうしろ』
◎発行所/短歌研究社
◎発行年月日/平成15年7月23日
◇自選15首
- 大雨の一夜は明けて試し刷りせしごと青き空ひろがりぬ
- 風景に横縞あはく引かれゐるごときすずしさ秋がもう来る
- 死真似をして返事せぬ雪の午後生真似をするわれかもしれず
- 雨降りの仔犬のやうな人が好き、なのに男はなぜ勝ちたがる
- 書き終へて手紙となりしいちまいのこころに朝の日は照り翳る
- さびしさに北限ありや六月のゆふべ歩けど歩けど暮れず
- 竜胆の咲く朝の道この道を歩みつづける復員兵あり
- 九月来て昼の畳に寝ころべばわがふとももの息づきはじむ
- 反則で少し使ふ手にんげんの手は罪深くうるはしきかな
- ふうはりと身の九割を風にして蝶飛びゆけり春の岬を
- この寺を出ようとおもふ黄昏の京を訪へば彌勒ささやく
- 国家といふ壁の中へとめり込みし釘の痛みぞ拉致被害者還る
- 音出さぬときレコードは垂直に立てられて夜の風を聴きをり
- チンパンジーがバナナをもらふうれしさよ戦闘開始をキャスターは告ぐ
- 夏のうしろ、夕日のうしろ、悲しみのうしろにきつと天使ゐるらむ
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受賞歴 |
平成7年歌集『綺羅』により第5回河野愛子賞受賞
平成14年雑誌『短歌研究』に掲載された『北限』30首により第38回短歌研究賞受賞
平成15年歌集『夏のうしろ』により第8回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
昭和50年に「コスモス」入会後、昭和54年に退会。
昭和56年から「塔」に入会し、現在「塔」選者。
歌集:『水惑星』『中庭』『綺羅』『万葉の月』
歌書:『短歌を楽しむ』 |
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第7回
(2002年)
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三枝昂之
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昭和19年山梨県生まれ
早稲田大学政経学部卒業 |
受賞作品 |
歌集『農鳥』(のうとり)
◎発行所/ながらみ書房
◎発行年月日/平成14年7月15日
◇自選15首
- 静かなる沖と思うに網打ちて海に光を生む男あり
- まだ丘は樹木の奥に霧がある私はまれにふくろうとなる
- 冷えて冷えて人は寄らねど咲き競い容赦なし花の開く力は
- 甲斐は峡にして貝の国はろばろと舌が喜ぶ煮貝のあわび
- 名を付ける行為さびしも<回天>というちっぽけな鉄のかたまり
- 叙事がそのまま述志でもあり鼓舞である明治軍歌は日本晴れなり
- 夜のうちに降って積もって陽を溜めてわれを泥ませる春の雪よき
- こころざしなきがうれしき春の酒彼の人も彼の人も遠景にいる
- 桃咲いて甲斐天領のほのあかり母の視界もゆるぶであろう
- 人間の技美しき早苗田が水を呼び水が夏雲を呼ぶ
- 東国は早苗の季節水の季節水のむこうに水がひろがる
- 教室に乙女が語る夢ぞよし目を鎖せば夢はすぐそこにある
- 黒い日傘はらりと開きふたむかし経ても変わらぬかたわらの人
- もろもろに泥みし夜半に階下りておのれ量らむと計器に乗りぬ
- 立ち直るために瓦礫を人は掘る広島でも長崎でもニューヨークでも
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受賞歴 |
昭和53年歌集『水の覇権』により第22回現代歌人協会賞受賞
平成10年歌集『甲州百目』により第3回寺山修司短歌賞を受賞
平成14年歌集『農鳥』により第7回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
高校時代から歌作を始め、大学では「早稲田短歌会」で活動。卒業後、同人誌「反措定」、歌誌「かりん」を経て、平成4年に歌誌「りとむ」を創刊。
歌集:『やさしき志士達の世界へ』『水の覇権』『地の燠』『暦学』『塔と季節の物語』『太郎次郎の東歌』『甲州百目』
評論集:『現代定型論』『うたの水脈』『正岡子規からの手紙』
『現代短歌の修辞学』『前川佐美雄』 |
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第6回
(2001年)
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河野裕子
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昭和21年熊本県生まれ
京都女子大学文学部国文科卒業 |
受賞作品 |
歌集『歩く』(あるく)
◎発行所/青磁社
◎発行年月日/平成13年8月20日
◇自選15首
- 捨てばちになりてしまへず眸のしづかな耳のよい木がわが庭にあり
- さびしさよこの世のほかの世を知らず夜の駅舎に雪を見てをり
- 白萩に白萩こぼるるひるつかた遠くまで陽が照り追憶に似る
- ああ眠いああ眠いと茶碗の中に落ちるやうにぞ子は飯を食ふ
- 露地裏に夕顔咲かせて前の世は小さな無口の婆さんであった
- 日と月と空にありしが昏れむとし山の方より風の吹き来る
- うすあをい大きな傘を買うて来て廊下から部屋へさして歩けり
- 長くてもあと三十年しか無いよ、ああ、と君は応ふ椋の木の下
- 選歌して眠たくなれば下りてゆく階下にも一人が選歌してをり
- 母の名は君江さんなりわれを待つ陽あたりのよい木戸口あけて
- わが母はこのひと一人木戸口の閂閉めゐる母が母なり
- 賢くならんでよろしと朝のパン食ひつつあなたが私に言ふ
- 椅子の中に小さくまとまりてわたしなり入院までに何枚を書く
- 歩くこと歩けることが大切な一日なりし病院より帰る
- あづき煮て病む身養ふことことことこと人のこころに近づく
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受賞歴 |
昭和44年『桜花の記憶』により第15回角川短歌賞受賞
昭和52年歌集『ひるがほ』により第21回現代歌人協会賞受賞
平成10年歌集『体力』により第8回河野愛子賞受賞
平成13年歌集『歩く』により第6回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
昭和39年「コスモス」入会、昭和42年、京都の学生による同人誌「幻想派」に参加。平成2年からは「塔」に入会し、現在「塔」選者
歌集:『森のやうに獣のやうに』『ひるがほ』『桜森』『はやりを』『紅』『歳月』『体力』『家』『歩く』
評論集:『体あたり現代短歌』
エッセイ集:『みどりの家の窓から』『現代うた景色』ほか |
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第5回
(2000年)
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小高賢
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昭和19年東京都生まれ
慶応義塾大学経済学部卒業 |
受賞作品 |
歌集『本所両国』(ほんじょりょうごく)
◎発行所/雁書館
◎発行年月日/平成12年6月15日
◇自選15首
- 公園のベンチに夕日待ちいたる夫、父でなく一人の初老
- 若鳥のさえずりに似て娘の友の名はあや、しおり、まい、あい、さゆり
- 老い母の素敵な恋の忘れ方ことばのあいま合間ににじむ
- 雲払う風のコスモス街道に母の手をひく母はわが母
- 三百六十五の昼と夜ありつらき夜の数ふやしつつ年齢ひとつ積む
- この「その」は何を指すのか受験期の娘にたださるるわれの時評は
- 娘に買いしケーキを膝にねむるほど存在としての父ははかなし
- にんげんの噂寄りつく耳という世に張り出せるふたつの港
- 居直りをきみは厭えど組織では居直る覚悟なければ負ける
- 八紘という名の友ありて勝義という同僚のありわが同世代
- わが手足規矩に余ればもぐべしと裁かれたりし夕べの会議
- 多分おそらく老いのはてには完熟の恋のあるらん降りないぞまだ
- ぎこちなくネクタイを締め出ずる子のわれのなくしたる朝の緊張
- ポール・ニザンなんていうから笑われる娘のペディキュアはしろがねの星
- バルセロナに妻の眠りはしずかにて旅のおわりの天井のしみ
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受賞歴 |
平成12年歌集『本所両国』により第5回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
歌集:『耳の伝説』『家長』『太郎坂』『怪鳥の尾』『本所両国』
評論集:『批評への意志』『鑑賞現代短歌6・近藤芳美』『宮柊ニとその時代』『現代短歌の鑑賞101』ほか |
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小島ゆかり
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昭和31年愛知県生まれ
早稲田大学第一文学部日本文学科卒業 |
受賞作品 |
歌集『希望』(きぼう)
◎発行所/雁書館
◎発行年月日/平成12年9月23日
◇自選15首
- 月ひと夜ふた夜満ちつつ厨房にむりッむりッとたまねぎ芽吹く
- 抱くこともうなくなりし少女子を日にいくたびか眼差しに抱く
- 思春期はものおもふ春靴下の丈を上げたり下げたりしをり
- 人の靴もわが靴も斜に踵減りまつすぐあるくことのむづかし
- 二重瞼にあくがれわれを責めやまぬ娘らよ眼は見るためにある
- 「最後の恋」打ち明けし友も聴きしわれも別れて夏の一通行者
- 温水の田螺おそるべし藻を食みてじつと交みてぞくぞくと殖ゆ
- 世を棄てし寒さと棄てぬ寒さあり新宿西口地下道を行く
- らくだの切手貼りし手紙を投函す越の国まで旅ゆくらくだ
- さうぢやない心に叫び中年の体重をかけて子の頬打てり
- 花しろく膨るる夜のさくらありこの角に昼もさくらありしか
- 希望ありかつては虹を待つ空にいまはその虹消えたる空に
- 転びたるはづみに深く呼吸してからだの中も秋になりたり
- なめこ汁どろりとすすり霧の夜のふかいふかあい暗愚のこころ
- 青虹のうなじ光りつつどの鳩もびくりびくりとすぐに驚く
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受賞歴 |
平成9年歌集『ヘブライ暦』により第7回河野愛子賞受賞
平成12年歌集『希望』により第5回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
歌集:『水陽炎』『月光公園』『ヘブライ暦』『獅子座流星群』『希望』『エトピリカ』
随想:『螢の海・・アメリカへ日本へ私へ』 |
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第4回
(1999年)
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福島泰樹
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昭和13年東京都生まれ
早稲田大学大学院修士課程修了 |
受賞作品 |
歌集『茫漠山日誌』(ぼうばくさんにっし)
◎発行所/洋々社
◎発行年月日/平成11年6月29日
◇自選15首
- さらばわが無頼の友よ花吹雪けこの晩春のあかるい地獄
- 相次いで逝きたる友の名を呼ぶにミラノは霧よ泣きながらゆく
- 紺碧の夢の波濤よおれもまたゴンドラの唄君に捧げん
- パリの憂愁ミラノの孤独そしてまた銀の翼の人ならなくに
- ローマテレミニ駅前広場に不覚にも飛ばせし帽子の行方はいかに
- サンタールチア駅のベンチよ青春の夢にたちあらわれいでし幾人
- 思い出や昔わたしは此の陋巷にただ酒を飲み生きておったぞ
- こんなにも飲んだくれてサンマルコ回廊風が吹き荒れていた
- ジェットホイルの波間に浮かびくるものを鯱飛ぶ朝を悲しんでおる
- 佐渡へ流さる日蓮思う末法の白い波濤の立つガラス窓
- 青雲の志に燃えしかば南海の地に果てなむも望郷ならず
- 落葉針葉樹林よ、空よ、春風よ、潰えし夢を数えていれば
- 嗚呼!そして楽しくあらば豪放に酒を胃の腑に流しこむのだ
- 師を問わばガラスに映る褐色のフラッシュ・エロルデ春の稲妻
- 茫洋の海の彼方を思うかなスペイン寒く死んでいる俺
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受賞暦 |
昭和36年第6回ブルガリア国際作家会議コンクール詩人賞受賞
平成7年第22回放送文化基金脚本賞受賞
平成11年歌集『茫漠山日誌』により第4回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
早稲田大学在学中に「早稲田短歌会」に入会、現在「月光の会」主宰
歌集:『バリケード・1966年2月』『中也断唱』『さらばわが友』
評論集:『宮沢賢治と東京宇宙』『弔い-死に臨むこころ』
ほか |
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第3回
(1998年)
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永田和宏
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昭和13年東京都生まれ
早稲田大学大学院修士課程修了 |
受賞作品 |
歌集『饗庭』(あえば)
◎発行所/砂子屋書房
◎発行年月日/平成10年9月1日
◇自選15首
- やわらかき春の雨水の濡らすなき恐竜の歯にほこり浮く見ゆ
- 今夜われは鬱のかわうそ立ち代わり声をかけるな理由を問うな
- 昨日の夜の酔いはぼろぼろ脈絡のどこに君の笑いいし声
- 水鳥の水走る間の蹠のこそばゆからむ笑いたからむ
- つまらなそうに小さき石を蹴りながら橋を渡りてくる妻が見ゆ
- 顔以外で笑えることを喜んでいるかのように犬が尾を振る
- 千年の昼寝のあとの夕風に座敷よぎりてゆく銀やんま
- あきらめて優しくわれはあるものをやさしくあれば人はやすらう
- 右京より人訪ね来し右京には今日かすかなる紺のかざはな
- 扉(ドア)の向こうが海だとでもいうように君はもたれおり昔も今も
- 小さき脳をスライスにして染めているこの学生は茂吉を知らぬ
- 影を脱いでしまったきりんはゆうぐれの水辺のようにしずかに歩む
- ねむいねむい廊下がねむい風がねむいねむいねむいと肺がつぶやく
- 夕暮れの把手(ノブ)ははつかに濁りいつ<どこでも扉(ドア)>などどこにもあらぬ
- 雨の日に電話かけくるな雨の日の電話は焚火のようにさびしい
- 酔っていることのみ告げて切れしかば夜の受話器はとろりと重い
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受賞歴 |
平成9年歌集『華氏』により第2回寺山修司短歌賞受賞
平成10年歌集『饗庭』により第3回若山牧水賞及び、第50回読売文学賞受賞 |
作歌活動 |
京都大学在学中に「京大短歌会」入会、高安国世に師事。
現在「塔」短歌会編集代表
南日本新聞歌壇選者
歌集:『メビウスの地平』『黄金分割』『無限軌道』『やぐるま』
評論集:『表現の吃水-定型短歌論』『解析短歌論-喩と読者』
ほか |
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第2回
(1997年)
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佐佐木幸綱
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昭和13年東京都生まれ
早稲田大学大学院修士課程修了 |
受賞作品 |
『旅人』(たびびと)
◎発行所/ながらみ書房
◎発行年月日/平成9年9月23日
◇自選15首
- オランダ語霧と流るる中の椅子旅人としてわれら家族に
- そらのみなとそらのみなとととなうればほのぼのとわれに空の波音
- いまだ見ぬわが家わが明日、遠景にてのひらほどの風車が見えて
- 人もまた風景となりかがやける風車へ向かう道をのぼれり
- 稲妻に裂かるる地平、いっぽんの大楡ぐいと立ち上りたり
- いつしかも萌え揃いたる糸杉の風に抱かれてはじめての渦
- 暗き運河に浮き居て鴨は百年の静止の時を楽しめるらし
- 晩年の杉田玄白、スーパーにパン運び居て思わしむらく
- 外人として噛んでいる「銀」という言葉の芯の古き何ものか
- かささぎの飛び過ぐる窓、樫の木の新しき芽もさびしきあした
- いよよ濃き闇、死の年の自画像もレンブラントは黒服を着て
- 壊れたる古城を見つつゆく旅のさびしからずや秋かぜの音
- フェルメールの町と思えば尖塔の上なる雲の銀のかそけさ
- 運河(カナール)を遡りゆくひとりなる白鳥よ去年を憶えているか
- 網目なす冬の梢にかかりたる暗き夕日を見る者はなし
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受賞歴 |
昭和46年歌集『群黎』により現代歌人協会賞受賞
平成2年歌集『金色の獅子』により詩歌文学館賞受賞
平成6年歌集『瀧の時間』により迢空賞受賞
平成9年歌集『旅人』により第2回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
「早稲田短歌会」を経て、現在「心の花」編集長。
朝日歌壇選者。
歌集:『直立せよ一行の詩』『夏の鏡』『火を運ぶ』
評論集:『萬葉へ』『柿本人麻呂ノート』『極北の声』ほか |
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第1回
(1996年)
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高野公彦
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昭和16年愛媛県生まれ
東京教育大学文学部国文科卒業 |
受賞作品 |
『天泣』(てんきふ)
◎発行所/短歌研究社
◎発行年月日/平成8年6月22日
◇自選14首
- 我を生みし母の骨片冷えをらむとほき一墓下一壺中(いちぼかいちこちゅう)にて
- やはらかきふるき日本の言葉もて原発かぞふひい、ふう、みい、よ
- 殻割って食ふ蟹の肉生きて食ふ鳥獣魚介何トンぐらゐか
- 転生のはざまのあはき生なりや柴蘇の葉わたる足細小蜘蛛
- 天の川夜空に輝りぬ我の手の跡きえゆくやかの乳房より
- わが柩そとよりひたと閉すやうに鳴きしきりゐる雨夜こほろぎ
- 杖つきて歩く日が来むそして杖の要らぬ日が来む君も彼も我も
- まどろみの夢に顕ち来もあきかぜに女鷹の胸の白かりしこと
- うらわかきヨセフとマリア抱き合ふ絵いまだ見る無し一つゆふづつ
- 宮崎の熱きスピリット<百年の孤独>を飲みて孤独たのしむ
- 天泣のひかる昼すぎ公園にベビーカーひとつありて人ゐず
- おぼろ夜の鈴の内らに棲む音を振り出だしけりさびしくて我は
- いちじくの下かげ蒼し人は皆優しく待たれをりぬ柩に
- 滝、三日月、吊り橋、女体うばたまの闇にしづかに身をそらすもの
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受賞歴 |
昭和51年コスモス賞受賞
昭和57年歌集『ぎんやんま』により短歌研究賞受賞
平成8年歌集『天泣』により第1回若山牧水賞受賞 |
作歌活動 |
大学在学中に「コスモス」に入会し宮柊二に師事。
現在、同人誌「桟橋」編集人。「コスモス」選者。
歌集:『汽水の光』『淡青』『水木』『雨月』『水行』
評論集:『地球時計の瞑想』
エッセイ集:『うたの前線』ほか |
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