掲載開始日:2019年5月30日更新日:2019年5月30日
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鹿児島藩領域であった日向国諸県地方の史料を所蔵家別に収録しています。都城島津家所蔵文書をはじめ、鹿児島藩政の概観を知ることができる史料を数多く収めました。
郡奉行が日向の諸地域の地形の変化や水損・干損等の調査及び例竿を実施した時の記録である「日州諸外城引並例竿日帳(にっしゅうしょとじょうひきならしためしさおにっちょう)」、鹿児島藩政の展開を知り得る「鹿児島御廻文留(かごしまおんかいぶんとめ)」や「仰渡抜書(おおせわたしぬきがき)」、郷の出来事が江戸時代を通して把握できる「高原所系図壱冊」、郷士の移動に関する「高岡郷被召立候節所々より移来人数(たかおかごうめしたてられそうろうせつしょしょよりうつりきたりにんずう)」、農民の眼から見た「勝岡郷蓼池村年代記」、その他にも野町(諸郷の町)の成立や町衆の活動が分かる史料、油屋経営、米取引、林業関係、宗門手札改、戊辰戦争等に関する史料を取り上げています。
佐土原藩、幕府領、人吉藩預所椎葉山・米良山関係の史料を所蔵家別に収録しています。
佐土原藩関係では佐土原藩島津家文書を中心に藩政の概観を知ることができる史料(藩士分限帳、検地条目など)や天明騒動などお家騒動に関するもの、幕府領関係では村明細帳や年貢割付状など農政史料・那珂郡江田村辰巳屋等の町家史料、椎葉山関係では椎葉山騒動・山中支配状況・年貢賦課関係史料、米良山関係では郷村高帳・尾八重村関係史料・年貢並小物成帳などを取り上げています。
本巻は、廃藩置県(明治4年・1871年)から宮崎県が鹿児島県に併合される(明治9年・1876年)までの史料を収録しています。
この時期は、旧藩体制が解体され、全国に新しく県が置かれることになり、本県でも美々津と都城の2つの県が置かれました。そして、この2県から今の宮崎県の母体が作られました。しかし、それもつかの間のことで、その後鹿児島県に併合され、西南の役に遭遇することになります。
この巻は、西南の役の前年までの激動と混迷の時期を県の公文書(歴史資料文書)を中心に編集し、二章九節にまとめました。
明治6年の宮崎県設置から鹿児島県への併合、西南戦争を経て明治16年鹿児島県からの分県までの激動と変革の時期を県の公文書(歴史資料文書)を中心に構成しています。
藩債・藩札の整理を為替方島田組の動きとともに紹介し、さらに地租改正及び鹿児島県時代の租税等に関する史料を収録しています。
橘橋落成など交通・土木に関する史料のほか、郵便・通信・医事等、庶民生活に密着した近代化の諸相を紹介しています。
神仏分離政策への対応と寺院・神社の動向及び宮崎学校の設立等近代的教育制度導入に関する史料を収録しています。
明治10年8月28日西郷軍が須木村近郊に突如出現、小林救恤所襲撃に始まる「戦状報告録」をすべて活字化、その他行政側の史料を収録しています。
鹿児島県への併合に関する史料のほか、県令からの宮崎支庁や各郡役所への布達類など地方行政機構確立期の解明には不可欠な基礎資料を収録しています。
明治16年の宮崎県再置から明治22年の町村制施行前後までの宮崎県の行政機構が整備される時期を、県の公文書(歴史資料文書)の「郡行政」と呼ばれる史料を中心に二章九節で構成しています。
『郡行政』と呼ばれる県の公文書(歴史資料文書)を中心として、明治22年の町村制施行から同30年の郡制施行までの史料を収録しています。
本巻は二章八節構成で、第一章は「郡制施行までの町村行政」として郡・町村事務視察報告書を、第二章は「郡制施行までの町村財政」として町村基本財産の報告書を収めています。町村制施行により近代的行政区域がほぼ固まり、国や県による郡や町村への監督強化が図られていった時期の、町村役場の実態と町村財政安定化への努力が把握できる史料を収録しています。
本巻は『史料編近・現代4』に続くもので、四章八節の構成としましたが、前巻と合わせることで明治20年代の諸相を明らかにするという意図により、第三章から始めています。
第三章では各郡の「町村団体調」、第四章では「町村治上の諸問題」、第五章では県が勧業や教育など各種の事項について行なった「郡長諮問及び答申」を、第六章では「郡制施行」として明治30年の施行までの経緯がうかがえる史料を取り上げ、地方行政確立に向けての諸問題を浮き彫りにしています。
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