掲載開始日:2022年2月1日更新日:2024年2月5日
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令和4年度に宮崎県伝統的工芸品の公式デジタルブックを制作しました。伝統的工芸品の製作工程をはじめ購入先や関連HP等を掲載しておりますので、ぜひご覧下さい。
高千穂町一帯に古くから伝わる高千穂神楽は、昭和53年に国の重要無形民族文化財に指定されていますが、この神楽の舞いに欠かせない神楽面も高千穂の代表的な工芸品となっています。
材料は、神楽舞用に軽い桐、装飾用に木の香りのよい楠が使われ、彫刻機械を使い粗削りをした後は、すべて手作業で仕上げられます。この過程の中で、面に生きた表情を出すことが一番難しく、繊細な表情を作り出す木彫りの技術は高く評価されています。
装飾用の面は、手力雄命(たじからおのみこと)と天鈿女命(あめのうずめのみこと)が主に作られ、開運招福の神として崇拝されていることもあり、最近では、観光土産品や贈答用として人気が高まっています。
平成28年9月6日に、36品目の宮崎県伝統的工芸品として指定されました。
国の重要無形民俗文化財に指定されている「椎葉神楽」では村内20数地区で保存伝承されています。神楽に欠かせないものの一つである神楽面は村内に180以上あるそうです。
神楽面は芸術的要素を備えており、伝統的技術・技法を必要とする工芸品です。室町時代のものと言われる面もあり神楽の歴史の深さを感じられます。
のぼり猿の歴史は古く、江戸時代中ごろから延岡藩の武士達の手内職として作られ始めたと言われています。
張り子の猿は、子供の立身出世、無病息災、平和と豊作を願ったもので、端午の節句に庭先に鯉のぼりと一緒に揚げられていました。
その製法は、まず木材から猿の型を作り、その木材に紙を何枚も何枚も張り付けます。
背を小刀で切り開いて木型を取り出し、背を縫い合わせて色付けをした後、烏帽子(えぼし)鼓(つづみ)、菖蒲(しょうぶ)の絵を描いたのぼりなどを付けて仕上げます。
猿の繊細な表情には伝統の技と心が生き、のぼりに風をはらんで竿(さお)を上下に踊る様は、大変風流で愛きょうがあり、宮崎県の郷土玩具を代表するものの一つとなっています。
延岡五月幟は、寛永年間から作られ始めたものといわれ、その製作工程も「木綿生地裁断」→「晒し」→「下絵付け」→「のりづけ」→「顔料染め」→「色止め」→「乾燥」→「のりおとし」→「仕上げ」と、当時のままに一品一品丹精に仕上げられます。
特に、「下絵付け」・「のりづけ」・「染め」は、時の流れとともに磨き上げられた匠の技のみせどころともいえます。
大漁旗は、海事にまつわる祝いごとのたびに船上高く掲揚されます。
大漁を感謝し、再び大漁を願う人々の心意気が、たい、つる、亀などのさまざまな絵模様と鮮やかな色彩で表現されています。
その製作過程は、まず、柳炭で生地に下絵を描き、その下絵に沿って、染色の際に色がにじまないようにのり置きをします。のりを乾燥させた生地にはけで手染めを行い水洗、乾燥ののち、仕立てをして完成です。染色は、最近ではあまり見られなくなった「筒描き」により行います。これは、のりを筒にいれて手描きする伝統的な技法で、長年の経験が必要とされる最も難しい作業です。
門川太鼓は、ツガ・桜・ケヤキ等を材料に、原木切断・乾燥・乾ぐり・内外型作り・ニス塗装・皮の選別・皮の乾燥・皮張り・装飾品取り付けの各工程を経て完成されますが、特に材の厚さを均一にくり抜いていく技・皮張りの技は、至難のものといえます。
ほとんどの工程が手作業であり、一つの製品が完成するまでには、約2ヶ月間を要します。
佐土原人形の歴史は古く、約400年程前に作り始められたと言われています。しかし、その起こりにはいろいろな説があり、はっきりとした記録は残っていません。佐土原は、島津藩の分藩として、江戸時代に町人文化が栄え、「佐土原座」を中心に佐土原歌舞伎が発展しました。それとともに、質の高い歌舞伎土人形が産み出されるなど、京都の伏見人形の強い影響を受けた佐土原人形も発展していきました。
人形は、差し手、差し首を別々に作り、それを組み合わせる独特の手法で作られます。そして、泥絵具を使った色付けも、原色が多く使われ、その色使いも佐土原人形の特徴になっています。
代表的な作品「まんじゅう喰い」のほかに、「節句人形」「歌舞伎人形」など、多くの種類がありますが、どの人形も素朴で、庶民的な温かさがにじみ出ており、何とも言えない魅力を持っています。
法華岳うずら車は、日本三大薬師の一つといわれる国富町の法華岳薬師に、また、久峰うずら車は、佐土原町久峰観音に、縁起物として古くから伝わる、ひなびた趣を持つ玩具です。
材料は、本体がタラの木、脚代わりの車として小松の丸木を輪切りにしたものを使用します。作り方は多少異なり、法華岳うずら車が焼火ばしで穴を開け、車の心棒をつけているのに対し、久峰うずら車は、切込みを入れて竹をはめ込み、その竹に心棒を通して車が回るように作ってあります。
両者の間には色彩の面でも多少違いがありますが、全体に、法華岳うずら車が切込みの角度などから男性的なものを感じさせるのに対し、久峰うずら車は、優雅で女性的なものを感じさせます。
神代独楽は、島津佐土原藩、現在の宮崎市佐土原町西佐土原地方で作られている手作りの竹ごまです。
武家の子弟の玩具として愛好され、その後、魔よけとして端午の節句の贈り物に使われたようです。
その製作工程は、まず、生竹を輪切りにし、風切り窓を開けます。次に、竹の穴に合わせ、ひのきの板でふたをし、こまの胴を作ります。
竹の乾燥を利用し、きっちりとはまるように工夫されているのが特徴です。胴に穴を開け心棒を取り付けた後、松でいぶして、黒光りする光沢のある胴を仕上げます。さらにこれを2ヶ月ほど乾燥させた後、胴の両端、心棒に彩色して出来上がります。
豪快な音をたてる貴重なうねりごまです。
ごったんは、別に板三味線と言われるように主に杉を材料とした素朴な弦楽器です。薩摩藩の時代、一向宗禁制により、念仏がわりにうたう歌の伴奏楽器として都城地方で広まったといわれています。
三味線の皮の代わりに板が使われ、これにより低く歯切れの良い音色がでるようになっています。
魔よけ猿は、五ヶ瀬町に天正年間(1573年)から伝わる荒踊りで猿役がつけるお面です。
荒踊りは、昭和62年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。年に一回奉納される、この荒踊りは五ヶ瀬町坂本地区内全集落の住民が出場して行われ、県内外から多くの客で賑わいます。
踊りで使用される面の材料は木製、飾りとして使用する面は粘土で作られており、猿の毛の部分にはこの地方で捕れる鹿の毛が使用されています。厄よけのお土産品としても大変喜ばれています。
商工観光労働部観光経済交流局 国際・経済交流課
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