答申第12号
審査会の結論
平成15年10月1日付けの「平成15年○月○日○○町○○地区の公道上で発生した咬傷事故における咬傷犬調査台帳(以下「本件公文書」という。)に記載されている異議申立人の情報」についての訂正請求(以下「本件請求」という。)に対して、平成15年10月28日付けで宮崎県知事(以下「実施機関」という。)が行なった個人情報不訂正決定(以下「本件決定」という。)は、妥当である。
2異議申立ての趣旨等
(1)異議申立ての趣旨
異議申立人の異議申立ての趣旨は、本件決定を取り消し、真実を記載せよとの決定を求めるというものである。
(2)異議申立ての理由
異議申立人が、異議申立書及び意見書で主張している異議申立ての理由は、次のとおりである。
- ア本件公文書には、「放たれていた加害犬が飛び出して来て自分の犬と喧嘩をはじめたため犬を振り払おうとしたところ左足ふくらはぎ及び左足甲に咬みつき出血、被害者は転倒し左手ひじ、右手甲を負傷。その後飼い主の妻が車で病院へ搬送」との記載があるが、真実は、「前方から私の方に向かって加害犬が走って来るのが見えたので、私と飼い犬の被害を回避するため、私の犬の鎖を強く引き私の後ろ側になるよう防御の姿勢をとっていたところ、加害犬はいきなり私に襲いかかり、左足のふくらはぎに咬みつき更に飛びかかってきた。このため私はバランスを失い後ろ向きに倒れ、背中及び後頭部をアスファルト路面で強打し、頸椎及び脊椎を痛めた。また、右手の甲と左足の甲にも擦過傷を負った。この間、大声で何度も「助けてー」と叫んだが直ぐには伝わらず、筆舌では言い尽くせない恐怖に襲われた。犬同士が喧嘩を始めたのは私が倒れた後からである。傷口から出血していたので、救急車をよぶつもりであったが大騒ぎになることが予見されたため、現場に最初に駆けつけていただいた近所の方に車で家まで搬送していただき、その後、飼い主の妻に軽自動車で病院に搬送してもらった。」である。本件公文書の記載は、被害者が犬の喧嘩に分け入れば咬まれるのは当然との印象を与えかねず、被害者の軽率な行為が犬に咬まれた原因となり、被害者にも応分の責任があることを意味しており、被害者の救済を阻害することに繋がる。
- イ本件公文書には、異議申立人を病院に搬送したのは「飼い主」と「飼い主の妻」という異なる内容の記載があり、整合性がなく、職員の創作といっても過言ではない。
- ウ「飼い犬による事故発生届出書」の備考欄に、届出人とは異なる字体で加筆された箇所がある。この字体は実施機関職員のものと酷似しており、訂正印もない当該加筆は問題である。
- エ実施機関は、再調査をした結果、本件公文書に事実の誤りがあるとの確認ができなかったことを本件決定の理由の一つとして挙げているが、本件公文書の記載内容は、事故の一部始終を間近で見た者が証言しない限り書けないようなリアルなものである。再調査をしても事故発生状況を見た者がいないのに、なぜ本件公文書に虚偽の記載をしたのか理解に苦しむ。
3異議申立てに対する実施機関の説明要旨
実施機関が個人情報不訂正決定理由書等で説明している本件決定の理由の要旨は、次のとおりである。
- (1)本件公文書は、飼い犬による咬傷事故を保健所が探知した場合に、宮崎県犬取締条例(昭和47年宮崎県条例第18号)第6条の規定に基づき、実施機関が加害犬飼育者に対して、被害者の救護や適正な飼育方法による再発防止の指示といった行政措置を行うことを主たる目的として、加害犬飼育者及び被害者等から事故当時の加害犬の状況と被害者の怪我の状態等を聴取して作成するものである。
また、各保健所が毎月事故の内容を実施機関に報告し、実施機関は県内の状況をとりまとめ、毎年度環境省に報告することとなっているが、その際にも本件公文書を参考としている。
- (2)今回の咬傷事故においても、実施機関は、被害者の治療状況を把握するとともに、加害犬の飼育者に対して被害者を救護するよう口頭及び指示書で指示を行なっている。
- (3)本件公文書には、上記(1)及び(2)で述べたとおり、加害犬飼育者に対して必要な行政措置を行うという事務の目的達成に必要な範囲内で個人情報が記載されている。仮に異議申立人の主張どおり訂正しても、それに伴って飼育者に対する行政措置が変わるものではなく、異議申立人の本件請求は、個人情報の利用目的の達成に必要な範囲を超えたものである。
- (4)本件請求を受けて、事故当時現場に駆けつけた地域住民に聞き取り調査を行なったが、事故発生に至った経緯は不明であった。したがって、本件公文書の記載に事実の誤りがあるとの確認はできず、また、異議申立人が訂正を求めている内容が事実であるとの確認もできなかった。
- (5)上記の理由から本件決定を行なったが、本件請求から本件決定までの一連の経緯を明らかにするため、本件公文書にその旨を記載し、かつ、本件請求に係る一連書類の写しを添付している。
4審査の経過
当審査会は、本件異議申立てについて、以下のように審査を行なった。
年月日 |
審査の経過 |
平成15年12月26日 |
諮問を受けた。 |
平成16年1月30日 |
実施機関から本件決定に係る「個人情報不訂正決定理由書」を受け取った。 |
平成16年2月18日 |
「個人情報不訂正決定理由書」に対する異議申立人からの「意見書」を受け取った。 |
平成16年3月12日 |
諮問の審議を行なった。 |
平成16年5月28日 |
諮問の審議を行なった。 |
5審査会の判断理由
(1)本件公文書について
本件公文書は、宮崎県犬取締条例第6条の規定に基づき、飼い犬による咬傷事故を保健所が探知した場合に、加害犬の飼育者及び被害者等から事故当時の加害犬の状況と被害者の怪我の状態等を聴取して作成するものであり、実施機関が加害犬の飼育者に対して、被害者の救護や適正な飼育方法による再発防止の指示といった行政措置を行うことを主たる目的としている。また、実施機関は、毎年度環境省に対して咬傷事故発生状況等を所定の様式(以下「報告書」という。)により報告することとされており、本件公文書は、当該報告書を作成する際の参考として、必要な記入事項を書き留めるためのものである。
本件公文書には、1)実施機関職員の押印欄、2)届出年月日、届出人の住所、氏名、職業、3)加害犬の飼育者の住所、氏名、加害犬の過去の加害状況の有無、登録番号、予防注射番号、最終注射日、種類、名称、性別、年齢、毛色、体格、通常の係留方法、4)事故の発生日時、発生場所、被害者の事故発生時の状況、加害犬の事故発生時及び発生後の状況、5)事故の内容、6)被害者の住所、氏名、年齢、性別、職業、治療状況、7)行政措置の内容、8)飼育者宅見取り図、9)備考欄、10)被害者の被咬傷箇所を記す人体イラスト欄があり、所定の事項が記載されている。
このうち、本件請求の対象となっているのは、5)の「事故の内容」欄に記載されている異議申立人に関する情報である。
(2)本件決定の妥当性について
実施機関は、異議申立人が主張する本件請求が個人情報の利用目的の達成に必要な範囲を超えたものであること、本件公文書に事実の誤りがあるとの確認ができなかったことを理由に不訂正としているので、その決定の妥当性について検討する。
- ア個人情報の訂正の趣旨
- (ア)宮崎県個人情報保護条例(平成14年宮崎県条例第41号。以下「条例」という。)第29条第1項では、「何人も、自己を本人とする個人情報(中略)の内容が事実でないと思料するときは(中略)当該個人情報を保有する実施機関に対し、当該個人情報の訂正(追加又は削除を含む。以下同じ。)を請求することができる。」と規定し、同第31条では、「実施機関は(中略)当該訂正請求に理由があると認めるときは、当該訂正請求に係る個人情報の利用目的の達成に必要な範囲内で、当該個人情報の訂正をしなければならない。」と規定している。
- (イ)そして、条例第29条第1項の訂正請求権は、実施機関が保有する個人情報に事実の誤りがあり、誤った情報がそのまま放置されると、誤った情報をもとにして行政処分その他の行政行為等が行われ、個人の権利利益が侵害されるおそれがあるため、こうした権利利益の侵害を防ぐことを目的とした規定であると解される。
- (ウ)また、条例第31条でいう「当該訂正請求に理由がある」とは、訂正請求に係る個人情報に事実の誤りがあることをいい、「利用目的の達成に必要な範囲内で」とは、個人情報の訂正は、個人情報の利用目的に応じて、その必要な範囲内で行えば足りることと解される。
- イ判断
- (ア)条例第29条第1項の訂正請求権について
異議申立人は、本件公文書中の「事故の内容」欄に記載されている内容は「事実」でなく、異議申立人が主張するような内容に訂正することを求めている。また、同欄に記載されている内容では、犬の喧嘩に分け入れば咬まれることは当然予見でき、被害防御に関する注意義務を怠ったとする責任が生ずることになると主張している。
本件公文書の作成の主たる目的は、宮崎県犬取締条例第6条の規定に基づいて加害犬の飼育者から提出された届出等により、実施機関が加害犬の飼育者に対して、被害者の救護や加害犬の処置等必要な指示を行うための資料として、また、実施機関が環境省に提出する報告書を作成する際の資料として作成するものである。そして、そこに記載されている個人情報は、本件公文書の主たる目的を達成するための必要最小限の事項に限られていることが認められる。
このように本件公文書が作成される主たる目的からすれば、「事故の内容」欄に記載すべき内容は、事故の発生場所等の客観的な情報、事故当時の加害犬の状況、被害者の怪我の状況及び被害者の救護の状況が記載されていれば、事故の内容としては必要かつ十分であると認められる。
そして、5-(2)-ア-(イ)に述べているとおり、条例における訂正請求権は、実施機関が保有する個人情報に事実の誤りがあり、誤った情報がそのまま放置されると、誤った情報をもとにして行政処分その他の行政行為等が行われ、個人の権利利益が侵害されるおそれがあるため、こうした権利利益の侵害を防ぐことを目的とするために認められているものであり、行政目的以外の救済措置を目的としているものではない。
したがって、異議申立人からの条例第29条第1項の規定による訂正請求については、認められないと判断する。
- (イ)条例第31条に規定する「利用目的」について
審査会としては、上記(ア)の理由によって、異議申立人の訂正請求は認められないと判断するが、付け加えれば、仮に、異議申立人が主張するような内容の事実があったとしても、個人情報の訂正については、条例上「利用目的の達成に必要な範囲内」とされており、ここでいう利用目的とは、個人情報を取り扱う事務の目的を達成するためと解されるところ、既に本件公文書における個人情報の利用目的である被害者の救護や加害犬の処置に係る飼育者への指示及び環境省への報告などの行政上の措置は既に達成していると認められるので、この点においても訂正請求を認めることはできないと判断する。
- (ウ)その他の異議申立ての理由について
その他、異議申立人は、「本件公文書には、異議申立人を病院に搬送したのは「飼い主」と「飼い主の妻」という異なる内容の記載があり、整合性がなく、職員の創作といっても過言ではない。」、「飼い犬による事故発生届出書の備考欄に、届出人とは異なる字体で加筆された箇所がある。この字体は実施機関職員のものと酷似しており、訂正印もない当該加筆は問題である。」と、異議申立ての理由を主張しているが、いずれも上記(ア)及び(イ)と同様に訂正請求を認めることはできないと判断する。
よって、「1審査会の結論」のとおり判断する。